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2024/09/01

Elona秋のSS -2024-

 (:3)刀乙のお題は「嘆きの靴」です。できれば作中で「酒」を使い、ダルフィの霧『セビリス』を登場させましょう。

#EloSSfes #shindanmaker
https://shindanmaker.com/393187


ダルフィの霧『セビリス』は、感情を表に出さない。
いや、出せなかった。醜く引き攣れた左半顔が、男の情動を塗り込めていたから。
それを補うように、部下たちにかける言葉やねぎらいを増した。
剣の腕もさることながら、賢王の如き振る舞いにダルフィの主となるのも望まれての事だった。
そして、感情は顔の他にも表れるものだと、抜け目ない者は気づく。
セビリスの場合、それは靴音に滲んでいた。商売柄、あからさまでは無かったが。
大きな商談がまとまった日は朗らかに。部下を失った夜はどこか重たく。

「ウブロ、お前も飲るか」
酒場の一室に呼ばれた盗賊ギルドの若頭は、卓上に置かれた銘柄を一瞥する。
「仕事に差し支えますので、お気持ちだけありがたく頂戴致します」
丘の民が愛飲する極上の火酒だ。それをセビリスは軽い手振りで飲み干した。
「イェルスとエウダーナの均衡はしばらく変わらんだろう。パルミアはジューアの台頭に目を光らせているが、こちらも小競り合いの域を出ない」
「経済の発展には好条件です。安定は町を肥やしますし、民衆は刺激を求める」
「その通り。盗賊ギルドも平和が一番だ」
男の口元が硬く歪むのを見て、ウブロは彼の過去にどのような運命が訪れたのかと、ふと考えた。
「天秤は傾くものだが、壊れては意味がない。新しい物を用意するにも時間と手間はかかる」
「当代の君主は民に篤いと、もっぱらの評判ですよ」
「皮肉か? これでも話の通らぬ連中は刃で理解させてきたつもりだが」
それでも、毒蛇のうごめく無法の町でセビリスが流してきた血は圧倒的に少ない。
何を成すにも人手は足りぬからと、既にある組織や権益の体裁は可能な限り残し、トップを自らの手駒にすげ替えていく事で民衆の生活への影響を抑えてきた。
「俺のやり方は確かに穏やかだ。外から見ればダルフィは何も変わってないだろう」
諸侯との関係もな。と言って、セビリスは杯に注がれた火酒をするりと飲み込む。
「引き続き、各国の動向を注視しろ。水面に波紋は浮かばずとも魚は泳いでいる。特に――」
セビリスは一瞬、考え込むように間を置いた。
「ザナンだ。大国に攻め入られてなお国体を留めているのは、英雄の功労だけではあるまい」
俺は宮殿に戻る。と言ってセビリスがソファから立ち上がると、給仕は扉を開き廊下に目を配る。
「――あそこの水底は深い。跳ねる魚の下に何が潜んでいるか。食われてからでは遅いぞ」
部屋を出ていく男の靴音はきびきびと果断無く。だが、どこか嘆くような余韻を響かせていた。

-了-

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