Elona夏のSS -2023-

 (:3)刀乙のお話が読みたいの！

「錆びついた観光客」をテーマに、できれば『弁当』と《願いの神》も出てくるお話を書いて欲しいの！

#EloSSfes #shindanmaker

https://shindanmaker.com/354401

「王都にも無し、か」

観光客のガラルドはパルミア中央広場の長椅子に腰を下ろし、軋む肩や膝をゆっくりと伸ばした。

「ポート・カプールの食料品店は見て回った。パルミア随一の繁華街にも無い。となると」

齢六十を過ぎてから始めた旅行は、錆びついた体を容赦なく痛めつける。それでも、初めて目にする北方の大地や風の匂い、賑やかな人々の振る舞いはガラルドの好奇心を鮮やかに刺激した。

「悪くはない。むしろ上々。なのだが‥‥」

リュックからパルミアジャーナルを取り出し、クセのついたページを開く。様々な名物料理が紹介されている中で、それは慎ましやかに、それでいて不思議とガラルドの目を惹いた。

「妹が愛を込めて作ったお弁当‥‥気になる。一体どこで食べられるのだ」

弁当であるからには店の仕出しに違いない。だが、ノースティリスで栄えている町でも扱っていないとなると、まさか料理店の裏メニューだろうか。

「わざわざ妹と名付けるような飾り、芸術の街ルミエストの可能性もあるか」

宿に戻って今後の日程を考えようかと、ガラルドは長椅子から立ち上がり、ふと喉の乾きを覚えた。広場の噴水では行き交う人々に紛れて何人か水を掬って飲んでいる。

「‥‥まぁ、路銀の節約も大事だな」

ガラルドも噴水に近づくと、水筒の水を詰め替える。ついでに杯で掬って喉を潤した。何を願う？

「えっ？」

【何を願う？】

時が止まったように感じられた。もしかしたら本当に止まっているのかもしれない。

ガラルドは今、言葉に表せない全能感に満ちていた。

（何を願う。だと？　何だそれは。観光客を狙ったイタズラ？　いやしかしこれは‥‥本当に？）

この胸の高ぶりが一生に一度あるかないかの幸運を前にしているなら。

ここで躊躇っている時間なんてあるのだろうか。

「‥‥ｂ」

ガラルドは砂漠で水を求めるように口をパクパクと震わせた。

「‥‥ぅ。‥‥弁当！」

そして今まさに。ついさっきまで渇望していた願いを咄嗟に叫ぶ。

「弁当が欲しい！！」

我に返ったガラルドは暖かな店内を見回した。

「いらっしゃい、お兄ちゃん」

隣に妹がいた。見た目は随分と年が離れていたが、妹には違いなかった。

「‥‥あ、ああ。すまないが、弁当はあるかな」

「お弁当ね、もちろん用意してあるわ。お兄ちゃんに食べてもらう為に作ったのだもの」

ああ、なんて。なんて満ち足りた。

健気な妹が、兄を慕って作る弁当。それは一流シェフの味と比べる事の出来ない一つの至高。

「はい、お待ちどおさま！　日持ちはするけど帰り道に気をつけてね」

ガラルドは妹に見送られ、店を後にした。

晴れた空は青々と高く、風は雄大な雪原をひゅるひゅると渡ってゆく。

「‥‥で、ここは何処だ？」

振り返っても、そこには白い大地が広がるだけだった。

-了-