(:3)刀乙のお題は「浮いている貴族」です!
できれば作中に『ツルハシ』を使い、ノルンを登場させましょう。
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ヴェルニースに住む貴族のナノルドは薄暗い穴の下で目覚めた。
ズキズキと痛む頭を右手で押さえ、自分が場違いな所にいる理由を思い出そうとする。
パーティーからの帰り途、酒を飲みすぎてフラフラになっている所に声をかけられて、空き家の裏で気持ちいいひとときを過ごし‥‥階段を踏み外した様な気がする。
目を凝らせば微かに明かりの漏れる天井の床板と、その下に散らばる踏み板の残骸。
「やぁ、お互いツイてないね」
突然、声が聞こえた方に振り向くと小さな妖精が羽を揺らして宙に浮いていた。
「お前は何者だ。ここは何処だ」
「僕はノルン。駆け出しの冒険者に旅の助言を与えるのが趣味のグッドフェローさ」
けれど先日、同行者とはぐれてしまってねと肩をすくめる妖精によると、ここはヴェルニースにある家の地下だという。
「何たること! ノルンと言ったな、上にあがって人を呼んできてくれないか」
「無茶を言わないでくれよ。僕の非力な腕で、あの天井を持ち上げられるわけないじゃないか」
えい忌々しいと罵りながら、ナノルドは薄明かりを頼りに周囲を調べ始める。人家であれば、道具の1つや2つ見つかるはずだ。
「これは‥‥ランタンか。良かった、まだ油は十分に残っているな」
ようやく手に入れた灯りで周囲を見渡せば、そこは地下室と呼ぶには奇妙な空間だった。
「横穴が奥まで続いているのか。ノルン、お前はこの先がどうなっているか、見てきたのか」
もちろん、暇だったからねとノルンは頷く。
「緩やかに蛇行しながら東の方向へ伸びているよ。ガラクタや何かの骨もあるけれど、危険な生物は見当たらなかったかな」
「町の中に怪物がいてはたまらんわ。しかしこれは困ったぞ。唯一の出入り口が壊れてしまっては、どうやって外に出れば良いのだ」
そうだねえ。と、妖精は考えるふりをした。
「この地下道はびっくりするほど長く伸びている。君も知っているかもしれないけれど、町の東側に枯井戸がひとつあってね。そのすぐ脇まで届いているんじゃないかな」
穴を掘るための道具も近くに置かれていたはずだよと笑う妖精に、ナノルドは思わず目を剥いた。
「私に鉱夫の真似事をしろと言うのか!?」
「だって僕には重たすぎて持てないもの」
えい忌々しいと罵りながら、貴族の男は生まれて初めてツルハシを手に取った。
ランタンを片手にツルハシを担ぎ、ナノルドは坑道を歩いていく。
汚れた作業着であれば絵になっただろうが、夜会用のスーツではあまりにも場違いで浮いていた。
「やはり妙な場所だ」
奥を目指しながら、男は途中で見かけた小部屋を思い出す。
「妙って?」
そこは滑りやすいとか岩が出っ張っているとか教えてくる妖精が振り向いた。
「地下室にしては使い勝手が悪い。安物だが武具が揃えられている」
「盗賊団が襲撃でも目論んでいたのかもしれないよ」
妖精の答えに男は曖昧な笑みを浮かべる。
「我等が降りてきた階段の家に向かっていたなら、腑に落ちるのだがな」
「でも、それじゃあ来た道が無いんだよね」
「逆に上の家主が掘らせたならば、隣の館は既に通り過ぎている」
このトンネルは、地下を通って何処を目指していたのだろう。
「町の外まで伸びてそうな通路だね。貴族の間では戦争の噂とか囁かれていたんじゃない?」
ノルンの何気ないひとことで、ナノルドの眉間に皺が寄る。
パルミア王国はイェルス・エウダーナ両国の戦争と距離を置きつつも常に緊張にさらされてきた。近年に軍事国家として台頭してきたザナンは領土を広げんと他国への介入が目立ち、パルミアも例外ではない。
「いや、ううむ」
考えられる用途としては、この町が他国の兵士に占領された場合の秘密の脱出路であるが‥‥。
「ああ、止まって! ここから北側に町の井戸があるはずだよ」
ノルンの指示で左側の土壁を見やるも、まったく見分けがつかない。
「本当にここで合っているのだろうな」
「もちろん! この向こうだけ少し音の響きが違うんだ。別の穴が空いている証拠だよ」
「やれやれ‥‥なるべく早く繋がることを祈ろう」
ナノルドは地面にランタンを置くと、壁に向かってツルハシを振るい始めた。
疲れては休憩し、また疲れるまで壁を掘る。もはや腕が上がらなくなってきた頃、ツルハシから伝わる手応えが変わった。
「痛っ、硬いな‥‥石?」
慎重に土砂を取り除いていくと、目の前に積まれた石が現れる。
「井戸に着いたんだよ! 良かったねえ、もうひと頑張りさ!」
「確かに、枯井戸で助かった」
そうでなければ今頃は泥まみれで溺れていたに違いない。ナノルドは笑顔を絞り出し、力任せに壁を崩す。
やがて、人が通れるだけの穴が広がり、頭上には久方ぶりの空が見えた。
「外だ‥‥」
「外に出られた!」
言うが早いか、ノルンは喜び勇んで飛んでいく。
「おい、ノルン! 私も連れて行け!」
「大丈夫、人を呼んでくるから。あとちょっとだけの辛抱さ!」
元から小さな妖精は、あっという間にゴマ粒ほどの大きさになり、空の彼方へ消えていった。
「えい忌々しい! 私にも羽があれば‥‥」
ナノルドは井戸の底に座り込んで救助を待つ間、天上から僅かに覗く雲の流れを仰ぎ見ていた。
もし体力が有り余っていたとしても、自分の力では井戸を登ることなど不可能だろう。
今は、お節介な妖精がこの窮状を近くの町民に知らせてくれるよう祈るしかない。
――頭上に影が見えた。
「おーい、まだ生きてるかい」
脳天気な妖精の声が聞こえた。
「人を呼んできてくれたのか。早くここから引き揚げてくれ!」
スルスルと、ロープが垂らされてくる。
「ちょうど近くに冒険者がいたんだ。こういう時に役立つ道具を常に持っているからありがたいね!」
「私にはロープを掴む力も残っていないよ! 礼はする、そちらから引っ張り上げてくれないか」
しばらく静かになり、ノルンが何かを抱えて降りてきた。
「手間がかかるなぁ。はい、これを飲めだってさ」
渡されたのは、何かの薬瓶だろうか。
「なんだこれは」
「浮かぶ力を得られる(かもしれない)薬、だって。ここは狭いから自分で上がるしかないよ」
確かに魔法の道具の中には体を浮かばせる装身具やマントもあると聞く。一時的にでもそれらの力を得られるなら、井戸の底から抜け出すことなど容易いだろう。
しかし、錬金術のポーションにそこまでの力はあっただろうか。
「大丈夫さ。ここまで来れたのだから、君の幸運はもう少しだけ続いてるよ」
訝しげな貴族の顔を見て、妖精が呑気に励ましてくる。
なにより、ナノルドの疲労は限界に達していた。
「いやぁ助かったよ。君、どこかで会ったことあるかな? 僕は沢山の冒険者に介添えしてきたからね。ああ覚えてなければそれで構わないよ」
一足早く井戸から上がってきたノルンは、冒険者と(一方的に)親しげに語らっていた。
「救助? もちろん大成功! ロープは掴みづらいかもしれないけれど、そろそろ慣れてくる頃合いじゃないかな。ほら、出てきた」
井戸から飛び出た一匹の蝙蝠は、パタパタと羽を揺らして空へ消えていった。
-了-
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