(:3)刀乙のお題は「足が速い変異」です。できれば作中で「弓」を使い、ヴェルニースを舞台にしましょう。
#EloSSfes #shindanmaker
https://shindanmaker.com/393187
カウンター席に座る旅装束の男は、隣の飲み客と賑やかに語らっていた。
「‥‥すると、貴公はネフィアの宝を求めてこの辺りに拠点を構えていると」
「ああ。ヴェルニースはレシマスから近いし、町から離れても採掘跡の洞窟が点在しているからね」
俺たちの秘密基地にはぴったりなんだ。と、冒険者然とした男は笑って酒盃を仰ぐ。
いつ頃からだろう。この北方パルミアの大地に様々な"迷宮"が漂着しては、いずこへと消えてゆく様になったのは。
迷宮はネフィアと呼ばれた。その姿は洞窟から森林だけでなく、塔に砦といった人工物まで唐突にその場へ発生する事から、異界の地形が割り込んでいるのだろうと学者たちは推測した。
もっとも、現実的な問題は「そこに拾って構わない金目の物がある」という事で。
「魔物しかいない洞窟でも、魔物を捌いて肝を売ればいい。魔術の研究が捗るんだとさ」
レシマスは他の迷宮と違い、建国以前からこの地に存在する‥‥つまりは既に枯れた洞窟だが、王都が定める史跡であり観光客もそれなりに多い。
物知らずな彼らに"ネフィアの秘宝"を売りつけるにも、やはりヴェルニースは好立地なのだ。
「じゃあ、俺は宿に戻るから」と酒場を後にした冒険者と入れ替わりに、女が一人、扉をくぐる。
それは、風を伴ってやってきた。
それは、踏み出す足から風が随伴していた。
そのしなやかな足取りは、大地に縛られぬ風だった。
思わず見上げた先には、痺れるような美貌が行く先を見据えていた。
「よお、お姉ちゃん。こっちで一緒に飲まないか」
赤ら顔の鉱夫に声をかけられた女は立ち止まり、酒臭い顔を正面から見据えた。
「お気遣いなく」
その声に嫌悪はなく、怒りも怯えもなく。ただ真正面から静かに告げられただけで。
「お、おう‥‥」
酔っ払いは虚を突かれたように、そのままテーブルに突っ伏した。
「飲みすぎたかぁ‥‥天使が見えらあ」
女はカウンターの席に座り、ウィスキーをちびりと舐める旅装束の男に話しかける。
「ロミアス、首尾はどう?」
「上々だ。貴族の遊説とやらで街道の駆除が行われたらしい。暫くは野盗も隠れているだろう」
利用できるものは利用させてもらうさ、と小さな声で付け加えた。
「風はどうだ、ラーネイレ。女神は気まぐれゆえ、我らの焦りをおもんばかってくれぬ」
ラーネイレと呼ばれた女はビールを注文すると、軽く目を閉じ首を横に振る。
「程なく雨足がやってくるわ。姿を隠すには吉、土砂降りにならない事を願うけれど」
2人は冒険者ではない。一刻も早く王都パルミアへ向かう目的があった。
彼らはエレア――今の世界では異端と呼ばれる――古きものの末裔であり、種族の窮状を訴えるために親交のあるパルミア王を頼るつもりでいた。
「彼の王は、我らに応えてくれると思うか」
「わからない。けれど、まずは声を届けなければ応えようもないもの」
「そうだな‥‥」
陽気な喧騒が酒場を包む中、ロミアスは再び手元の酒を舐めた。
「やだっ。どこ触ってるんですか」
つい‥‥と見やれば、店の奥で一際大きな笑い声が起こり、給仕の悲鳴も聞こえた。
朗らかな笑顔が良いと、酒場の看板娘として愛されている女だ。だが、真の魅力は他にある。
「嬢ちゃん程の尻は今まで見たことないぜ。こっちに来てお酌してくれよぉ」
誰しもその後ろ姿を一目見れば、彼女の印象は生涯忘れないだろう。町の男たちに至っては、不遜にも風の女神と比べている程だ。
そのヴェルニースの至宝が、隣国ザナンから派兵されてきた酔漢たちに揉みしだかれている。
「ちょっと飲みすぎですよ!」
平時であれば店の外に蹴り飛ばして終わる騒ぎだが、貴族の警護で集まった兵隊と問題を起こしてしまっては色々と都合が悪い。バーテンも煮えきらぬ顔で注文の酒を用意している。
ロミアスは、ほのかに熱のこもる溜息をもらした。
「やれやれ、酒の飲み方も知らぬ坊やはミルクで我慢しろとママに躾けられなかったのか」
特に大声で言ったわけではなかった。だが、隠すつもりもなかった。
それを兵士の一人が耳ざとく聞きつけた。
「おい貴様、いま何と言った」
立ち上がって歩み寄る男はロミアスの素性に気づき、露骨に嫌な目つきへと変わる。
ロミアスも椅子から降り立ち、物覚えの悪いぼんくらを憐れむように曖昧な笑みを浮かべた。
「乳離れしたばかりの小僧に、この店は刺激が強すぎると言ったんだ」
「こっの‥‥エレア風情がっ!」
ロミアスの初動は速かった。だが不可解な動作だった。男はそれを自惚れたエレアの狼狽と侮り、鼻っ柱を叩き潰そうと拳を振り上げ肉薄する。
「がッ――!?」「んご!?!?」
身をかわしたロミアスの代わりに兵士が捉えたのは、別のテーブルで酒を飲んでいた客だった。
「てめぇ何しやがるッ」「貴様こそ邪魔するか!」
いつ抜いたのか。彼の左手には背中に提げていたはずの弓が握られていた。弦は外されたまま。
「――ぶっ殺してやるッッ」
兵士の叫びにロミアスは弓手を向け、右手を弾く。矢など出ようはずもない。
それなのに。
「ぶっ‥‥」
どこからか飛来した酒瓶に後頭部を打たれ、男は再び倒れ伏した。
「なんだ貴様!」「何をやっている!」
給仕を手籠めにしようと戯れていた連中も騒ぎに気づき、2人のエレアを見つけた。
「エレアが暴れているぞ!」
「ひっ捕らえろ!」「隊長に報告――」
再びロミアスの弓が不可視の矢を放つと、それは兵士をわずかに反れて後ろの鉱夫に当たる。
「へっ、脅かしやがっ――うごっ!?」
兵士に飛びかかったのはロミアスが狙った鉱夫。だが彼も自分の行いに戸惑っていた。
「邪魔してんじゃねえ!」「お、俺は何ぼっ――」
兵士が鉱夫を殴り始めると、町のあらくれ達も黙ってはいられない。
「やんのかオラァ!」「余所者がよぉ!」「スカシてんじゃねぇぞ!」
客同士を巻き込んで発展する乱闘の中、ロミアスは酒場の奥へ立て続けに弓を射る。
エレアの手による魔匠の弓は、捉えた獲物を射手の元へ引き寄せる秘術が施されていた。
慣れないうちは仕留めきれてない獣を引き寄せる事故もあるが、射手の機転で予想外の地点から攻撃を仕掛ける事もできる。
「森の民に喧嘩を売る愚かしさを学ぶのだな。ラーネイレ、そろそろ離れる――ん?」
突如、ロミアスの視界が茶色い物体で覆われた。
それは柔らかく張りがあり、激突した顔面に重い衝撃を染み渡らせる。
「キャー! お客さま、大丈夫ですか?!」
たまらず倒れ込んだ男の上で、看板娘は我に返った。
「――酒代、ここに置いておくわ」
ラーネイレは床に伸びる相棒を見て、カウンターから降り立つ。その仕草すら優雅。
「逃さんぞ小娘ぇ!!」
騒乱を抜けてきたザナン兵は倒れている男を見て、まず仲間の女を捕まえると決めたようだ。
妖しげな術を使うとて、この距離からならそのまま体当たりで押し倒せばよい。
そう、このまま走り寄ってあの澄ました顔を――
ラーネイレの拳が兵士の脇腹に潜り込んだ。
「――ッッ!?」
男の足は、駆け出そうとする半歩も進んでいなかった。
腕のリーチより遥かに長い距離にいたはずの女が、なぜか目の前にいる。
その眼差しは、敵意もなく、怒りもなく、ただ真っ直ぐに――。
「ダミスがやられたぞ!」「糞アマがぁ!!」「理解らせてやれ!!」
3人がかりで押し寄せる兵士たちに、エレアの娘は向き直って軽く腰を落とす。
彼女のしなやかな脚は、風をまとっていた。
わずかに手前にいた左の兵士へ一歩踏み込むと、無防備な顎を下から左拳で撃ち抜いた。
「べっ――」
反転する勢いのまま、すかさず前方にいる男のこめかみに右手の甲を叩きつける。
「いぎっ」
「な!?」
残る兵士の一瞬の躊躇いを見逃さず、ラーネイレは伸ばされた腕を捕るや懐に入る。
男の眼に酒場の天井が映り、倒れた仲間の上に叩きつけられ気を失った。
「やれやれ、ひどい目に遭った」
「目が覚めたのね、ロミアス。今のうちに逃げましょう」
ザナンの隊長が駆けつける前に、エレアの2人は宵闇へと駆け出した。
「しかし、あの酒場の娘には参ったな!」
「貴方はプライドが高すぎるのよ。ただでさえエレアは異端視されているのに」
ヴェルニースの川沿いを、二つの影が滑るように歩いてゆく。
その光景は、さながら一歩で七里を歩くといわれる神秘の靴を履いている様であった。
だが、一方は草原を駆ける犬にも似た俊敏さで。
もう一方は、ただ在るがまま、草原を吹き抜ける風そのもの。
「星1つ見えない曇り空。野営地はどこにするの」
「お前が来る前に、スランという冒険者から周辺の地理を聞いた。この辺りには洞窟が多い」
「珍しいわね。貴方が人間と話し込むなんて」
「ああ珍しい。冒険者にしては身奇麗な男だったよ」
やがて2人は雨を凌ぐのに丁度よい洞穴に辿り着くのだが、その前に川辺で行き倒れている人影を見つける。
だがそれは別の物語の始まりであり、そして、大きな運命の転換点でもあった。
-了-
0 件のコメント:
コメントを投稿