Elona冬のSS -2021-

 曇天の空、吹き抜ける北風、八方広がる一面の銀世界で。両手で紙切れを掴む男は叫んだ。

「ちくしょう！　ちくしょおおぉ！！」

宝の地図。胸に明日があれば誰だって目を輝かせる夢の招待状だ。心無い連中は他人が捨てたガラクタ拾いだなんて笑うが冗談じゃねえ。俺は一攫千金を掴んで見せるぜ。

第一、実入りが少ないって言うならそれなりに安く買い叩けるんだ。

俺はパルミアの西から東へ商隊の護衛をしながら抜け目なく山々や森の地理を頭に叩き込んでは、町や村でその価値の分からん奴らから地図を巻き上げる。

そして――

「――ガチッ」

スコップで慎重に周りの土を払い、汚れた宝箱を開ける瞬間が至福のひと時なのさ。

だが、ここしばらく俺は徒労を積み重ねていた。

「宝も無い。目印も無い‥‥何処だよここは！？」

地図には埋蔵場所を示す丸の他は、ただ真っ白に塗りつぶされている。これを遺した奴は、いったい何を考えているんだ？

「‥‥くそが、宝探しへの嫌がらせか？」

それとも俺が何か特別な《目印》に気づいてないだけなのか。

この雪原で太陽と月の巡りを毎日見続けていれば気づく変化があるのかもしれないが。

「そんな事してたら、お宝を見つける前に凍え死んじまう‥‥」

総当りしかない。俺は腹を決めた。

発想を切り替える。目印の無い場所を洗い出せばいい。

俺は自分だけの地図を取り出し雪原を格子で分けていく。該当する場所は、そう多くない。

また何度か凍った大地にスコップを突き立てては場所を変え‥‥。

「――ガチッ」

やがて、俺は晴れ晴れした気持ちで拠点のノイエルへ帰還した。

「そして今じゃ、俺が財宝を埋める側とはね」

冒険家業は引退して、牧場と農地経営で収入は安泰。

しばらくすると、趣味で集めたお宝の保管場所に悩むようになってきた。

スコップを振るう目的は正反対の今だからこそ、何となく分かる事もある。

「やっぱりさ、先輩たちもお宝を遺してたよ。決してゴミなんかじゃねえ」

何処に価値を見出すかなんてそいつの勝手だ。俺たちは価値あると信じたものをこうして遺す。

ピラミッドの陰、双子森の間、橋のたもと‥‥分かりやすいのも大事だ。

曲道、花畑、ぎざぎざ山‥‥子供だましじゃ物足りなくなってきたら、本格的な冒険の始まり。

そして‥‥

「向こう見ずな若造に叩きつける挑戦状、燃えるよな！　はっは」

雪原は只でさえ足取りが重くなるし、天候もすぐに荒れる。徘徊する者など滅多にいない。

だからこそ、真っ白な宝の地図にポツンと大木が示されたら。

「俄然やる気を出す。もうお宝を見つけたつもりで酒盛りを始めたりよ」

俺は大木の根本に荷物を下ろし、埋蔵する場所に当たりをつける。

「うん？　ここの土は柔いな。丁度いい、手早く済ませちまおう」

スコップに足をかけ、力強く地面に押し込む。

「――ガチッ」

「あ？」

俺の遺言は随分と間の抜けた鳴き声になってしまった。

いきなり足をスコップで削られた氷結樹は、ひとまず真下にいる男の脳天を枝で叩き潰した。

近頃はこの辺りも物騒になったものだと、億劫そうに身を震わし引っ越しを始める。

うごめく大木が根っこを引き抜けば、出来た空き地に男の荷物が転がり落ちて――

――あとに残された一面の銀世界を、ひょうろろほうと北風が吹き抜けていった。

-了-