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2021/06/01

Elona夏のSS -2021-

 (:3)刀乙のお題は「不思議なガード」です。できれば作中で「雪」を使い、戦士ギルドの番人『ドリア』を登場させましょう。
#shindanmaker #EloSSfes
https://shindanmaker.com/393187


 アデルソニーは、ポート・カプールを巡回するガードたちの間でも不思議な奴と評判だった。町の北側を好んで歩き、特に薄暗い路地や日陰を出入りするものだから、一時期は犯罪者との取引を疑われることもあったが、幸いにも疑念を払拭するだけの実力と勤務態度を備えていた。
「でも、あんたの行動の理由には答えてもらっていない」
 ドリアは戦士ギルドの番人として闘技場の一区画を任されていた。勤務地が近いためアデルソニーとは顔を合わせる事も多く、時には町にあふれた魔獣や暴徒を共同で処理してきた。
「あれ、話してなかったっけ。笑わないでくれよ‥‥」
 これさ、と言ってアデルソニーが懐から取り出したのは、照明を反射する白い塊。
「――雪か?」
 ドリアの反応に正解と微笑むと、崩さないよう丁寧にしまい込む。
「四~五年は前だったかな。春になっても溶けずに残っていて、何となく部屋に持ち込んでみてそのまま夏が過ぎて、やっぱり消えなかった」
 どうりであの年は家のビールが冷たく感じたもんだと、彼は笑って続けた。
「それで、こりゃ珍しい、幸運のお守りに違いない! ってね。大事にしているのさ」
 空き巣に入られてはかなわないと持ち歩くようになり、念のため日差しを避けているのだと。

 雪が溶けたのだと言う。

 泣きべそでクリムエールをあおる男は、だいぶ参ってる様子だった。
「今は冬だぜ? 外を歩けば足跡が残るくらい積もっている。吐く息も白い。それなのに」
 朝、枕元に雪を置いていた場所には濡れた染みが残されていた。窃盗の可能性も疑って市民の持ち物や店の売り物に目を通すも不審な所はなく、ここ数日の間に町を訪れた冒険者もいない。
「雪か。今年は多いな」
 海峡を挟んで連なる山々からとめどなく吹きつける寒風は、町の北にそびえるピラミッドを金と銀に染め分けていた。
「迷子の仔猫じゃないけどさ」
 付き添いのドリアはウイスキーをひとくち舐める。
「もしかしたら、帰る家が見つかったのかもしれないじゃないか」
 カウンターに突っ伏したまま、アデルソニーは淀んだ瞳を隣に向けた。
「そうかなぁ‥‥」
「そう思いなよ」

 冬の終わり、町からアデルソニーの姿が消えた。

 他のガードから事情を聞かされたドリアは、彼が住んでいた家に足を運んでいた。
 つい最近まで、独り身の男が暮らしていただろう家具や調度品がそのまま残る部屋には、寂しさだけではないどこか空虚な静寂が漂っていた。
「匂いがない‥‥」
 几帳面な性格だとしても、長年に渡って暮らしていれば染みつくはずの痕跡が感じられない。それとも、家では何も食べなかったとでも言うのだろうか。まさか。
 ベッドの脇にある小さな本棚には、幾つかの並製本と雑貨が無造作に置かれていた。
「うん?」
 赤い背表紙が気になるそれを手に取りページをめくれば、どこまでも白紙が続いている。
「日記にしても、最初から書かず終いとは‥‥メモ書きすらない」
 よく見れば中ほどのページが一枚だけ破り取られているが、それが彼の手によるものなのか、何が書かれていたのか、ドリアには知る由もなく。
 ひとまず彼の同僚に報告するため、無人の家を後にした。

 結局、アデルソニーの行方は知れぬまま次の冬が到来し、古い足跡は積もる雪に消えた。
 今年の雪も、溶けて消えた。

-了-

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