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2020/06/01

Elona夏のSS -2020-

(:3)刀乙のお話が読みたいのだ!
「たくさんの乞食」をお題に、できれば『老人』と稀代の泥棒『マークス』も出てくるお話を書いて欲しいのだ!
#EloSSfes #shindanmaker
https://shindanmaker.com/354401

 犯罪者の楽園・ダルフィ。
 ならず者と娼婦がすり寄る泥混じりの夜道を、小洒落た黒い革靴が滑るように歩いていく。
 靴音はそのまま”石抱亭”の入り口へ向かい――通り過ぎ、すえた臭いの染み付く路地裏に消えた。廃墟同然のあばら家に、扉をどかして入る。奇妙なことに、ここまで目立った音を立てていない。熟練の盗賊でも足音の一つは零れるというのに。
「おかえり、マークス。旅の具合はどうだった」
 男の嗄れた声が響いた。明かりも点いてない部屋に、気配もなく人がいた。
「ぼちぼち、といった所でしょうか。これどうぞ、お土産です」
 服装だけは紳士然とした男は、特に驚いた様子もなく声の主に荷物を差し出す。
「ほう、”ルミエストの風”か。相変わらずスカしおって」
「貴方の耳に届いたのでしょう、御老人。今年のこれが美味いと」
 この家主は、ただ『老人』と呼ばれていた。本名を知る者は、いない。
「老い先短い貴方を思って、急いで帰ってきたのですよ。よく味わってくださいね」
「抜かせ。パルミアの教会で一仕事、ヴェルニースの雑貨屋と乳繰り合って、中央街道で襲われてる小娘どもに加勢。急ぐと言ったがナニが早いのは呆れられるぞ」
 マークスの頬が僅かに引きつった。町での足取りが見抜かれているのは織り込み済みだが、人の気配もない野外での動向すら目の前の老人には筒抜けだとは。
「降参です。‥‥いったい貴方の目と耳は、どこまで張り巡らされているのですか」
「どこまでも届くよ。町があって、人が集まって、誰かが落ちぶれる度に、な」
 コルクの抜ける軽い音。テーブルに置かれた二つの酒盃に、とくとくと注がれる液体。老人に差し出された片方を口元に運べば、ほのかな柑橘の香りが鼻腔をくすぐった。
「ああ、これは確かに。今の季節に味わいたい」
 マークスの感想に、老人がニコリと微笑み酒盃をあおる。
「ふふん、やはりスカしとるな。さてマークス、我が舌の一つ。私の目と耳が知った物事を伝えてくれ」
 老人はダルフィから離れる事無く、彼の目と耳はティリスの至る所に広がっている。それは社会の最底辺で、衛視に見過ごされ、市民に見放され、貴族の試し切りに潰されてきた無数の命。掃き溜めに溜まり続けるゴミ屑に興味を示す人間はおらず、その目と耳が生きている事に気づく者も、いない。故に、情報もまた掃き溜めに集まるのだった。

「‥‥そうか。ご苦労だった、我が口よ。そしてマークス、これはお前さんに頼みがある。『稀代の怪盗』と呼ばれるお前に頼む仕事だ」
「珍しいですね、御老人が私に依頼とは。医者を呼びましょうか」
「抜かせ。爪垢ひとつ残せぬ用事だ、ギルドの若造には荷が重い」
「聞きましょう」

 しばらくして、廃墟の屋根から大きな影がダルフィ宮殿に向けて飛び立った。

-了-

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