(:3)刀乙のお題は「温もりの都」です! できれば作中に『猫』を使い、
魔術士ギルドマスター『レヴラス』を登場させましょう。
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研究棟の一画から、賑やかな笑い声と小さな音色が漏れ聞こえてくる。
レヴラスは軽く印を結び扉を開けた。瞬間、肉を引き裂く振動と轟音。
「聖なる盾。私の真似なら鍛錬次第です。契約。これも及第点です」
研究室で伸びている魔術士たちの横を通り過ぎながら、淡々と評価を続ける。
「口論の理由はさておき、ここで炎や冷気を選ばないだけの頭脳。それなり」
こつり。怪我人の介抱を手伝う氷碧色の髪が揺れる所で立ち止まった。
「アデオス君。院内で演奏は控えなさいと、貴女には何度も注意しましたね」
見下ろす先で、小さな娘が不味い所を見られたという風に目を泳がせている。それ以上に頭頂で震える獣耳が、感情を赤裸々に物語っていた。
「あー、これはですね、あの、そう! 救護に人手を呼んできますので!」
言うが早いか、レヴラスの無詠唱よりも速く碧い風は駆け去った。
「‥‥機械神は猫を嫌うと言いますが、我々魔術士もまた手を焼きますよ」
妹猫のアデオスは、ルミエストを拠点に冒険を続けながら魔術を習っていた。
「重くてかさばる武器を抱える必要のない魔術こそが、この先の命綱となる」
となればギルドに籍を置くのが良い。ルミエストは見栄えも良いと評判だ。芸術に眩んだ卵たちが時おり水路に浮かんだりもするが、概ね治安も良い。
研究室の事故を(一部ぼかして)導師たちに伝え、彼女は町へ繰り出した。
「アデオス、手が空いてたらこの杖を《風のとまり木》の亭主に届けてくれ」
「いいよー」「アデオス、椅子が足りなくて」「はいよ」「アデオス」「OK」
銀天のルミエストを駆ける。駆ける。駆け回る。半刻前は《にじます通り》で出前を届け、今は《まひわ小径》で猫を探す。
「ああ、いたいた。散歩も楽しんだし、そろそろ帰ろっか」
家出猫を主に受け渡し、報酬の金貨と花束を貰う。冬の名残りが鼻に触れた。
「咲きたてさ、おまけしとくよ」「うん、いい香り! ありがとー」
その時、隣の家の扉がバタンと開き、小太りの男が転がり出てきた。
「おじさん、どうしたの」
「ああ、久々に再会した友人がね。そろそろ町を出る頃かな‥‥忘れ物‥‥」
落ち着かせて話を聞けば、別れ際に荷物を渡し忘れたまま帰ってきたらしい。
「届け物は、この小さなお土産? アデオスに任せて」
受取人の人相を確認し、碧い風は再び駆け出した。
「衛兵さん、町を出る橋馬車が出たのは何時頃!?」
「うん? 確か四半刻くらい前だな。次の馬車は」「ありがと!」
アデオスはルミエストの玄関口である大きな石橋を見据え、息を整える。
内海に浮かぶ島とノースティリスをつなぐ長大な構築物こそが、町の顔だ。歩いて渡れば日が暮れるとまで言われ、観光客は橋上の馬車を利用する。絢爛な橋とそこから眺める風景も観光の目玉ゆえ、馬もゆっくり進むだろう。
「よし、間に合う‥‥!」疾り出した。
べたつく雪が頬を打つ。無数の欄干が流れては消えてゆく。対向の馬車から乗客が身を乗り出し、ここで徒歩を選んだ小さな影を見送った。
そして――
「――見えた!」 対岸に辿り着き、街道の駅馬車へ乗り換える一団。
「すみませぇ~~ん、ちょっと待ってくださぁ~~い!」
地平線の向こうから風と共に駆け込んできた娘に、人々は思わず目を見張る。
「どうしたのかな、お嬢さん」
ぼた雪でずぶ濡れの碧い髪に、初老の紳士は怪訝そうに声をかけた。
「‥‥貴方の、御友人から、忘れ物です‥‥」
その時、雑嚢袋から取り出した荷物に、花束から一輪こぼれ落ちた。
「ああ、すみません。汚しちゃって」
「これは、クロッカスだね。そうか、もうそんな時期ですか。ふふふ」
「‥‥お気に召したのなら、ひとつ差し上げますよ!」
転んでもただでは起きない妹猫に、老人は目を細めて微笑んだ。
「では、ありがたく。確かに春を届けて貰いました」
-了-
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