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2017/09/01

Elona秋のSS -2017-

(:3)刀乙のお題は「時を越える実験場」です。できれば作中で「鉱石」を使い、パエルの母『リリィ』を登場させましょう。
#EloSSfes
https://shindanmaker.com/393187

ザナンの王都ラインスヘイルより遠く離れた山々の麓。森に隠れるようにその廃墟はあった。
崩れた壁や窓の跡から弱々しく差し込む光に照らされる鉄扉と、その前でたむろする数人の人影。
と、笛の音にも似た短い音が微かに響く。
「開いたぜ」
扉の脇に設けられた仕掛けをいじっていた男が告げた。
「鍵だけかよ、扉も開いてくれると楽なんだが」
戦斧を持つ巨漢が扉の隙間に刃を滑り込ませ、こじ開ける。スライド式の扉は見た目よりも軽やかに動いた。
「手入れがされている? 気に食わねえ‥‥おい、何かレールに噛ませるもの無いか」
後ろ手に泳がせる手のひらに、雑嚢袋からランタンを取り出していた女が黒光りする何かを渡す。
「クズ石か、固さも丁度いい。よく持っていたな」
「偶々ね。何でか知らないけれど、欲しがる連中も多いからさ」
ランタンに灯りが点き、薄明かりに慣れた目には闇が強まった。
「打ち棄てられている風に見えて、内部は未だに人の出入りが感じられる。少なくともハズレは無さそうですが、我々に都合の良いお宝は見つかりますかね」
腰のベルトに巻物やポーションの小瓶を挟んだ男が魔力の込められた杖を数本、背中から取り出しやすい位置に差し直しながら口を開く。
「ヤバいブツなら盗賊ギルドに持ち込むさ。何せザナンの極秘研究所だ、イェルスに対抗するだけの技術が見つかれば、高く売れる」
ロックピックを仕舞い込んだ男は、扉の奥に伸びる通路を見つめていた。
冒険者たちには独自の情報網でもあるのか、大ぼらとも国家機密ともつかぬ噂に儲け話の匂いを嗅ぎ取り、アルティハイトの港に降り立ったのが数日前。
町の衛視や正規兵に見咎められぬよう、別々に出立して現地に集まったのが今日の朝。
「噂じゃとんでもねえ化物をこさえてイェルスに攻め込むつもりだったらしいが、あまりの酷さに味方の兵士がおかしくなった‥‥なんて話も、どこまで本当なんだか」
巨漢が戦斧を肩に担ぎ、探索の手筈を盗賊と軽く打ち合わせる。
「まあ、噂が本当だった時のために腕利きを雇ったわけで、頼りにしてるよ」
女が微笑みを投げた先で、白と灰毛の大型犬がうずくまりながら青褪めた瞳で扉の奥を見つめていた。その背中に佇むのは、羽の生えた小さな人影。
「しかし意外でしたよ、『右腕の巨人』がこんな与太話に乗ってくれるとは。名うての冒険者の勘、ですか?」
魔術士の問いに一瞥を返し、妖精は足元の相棒を立ち上がらせる。
「噂が本当なら、とんでもなく強い奴がいるんだろ? 試しにぶちのめしたい」
「はぁ‥‥我々が魔法を探求する気持ちと根は同じなのですかねぇ‥‥」
乾いた笑いを背に受け、小さな巨人は彼らの知らぬ廃墟の秘密を思い出していた。

確かに、ここが廃墟になる前は噂通りの化物が狂気の実験で生み出されていた。ザナンのとある将校に依頼され、実験に引導を渡したのが数年前。それ以来、表向きはザナンの軍隊に不穏な話は聞こえてこない。
だが、一度手にした力は諦めきれぬものだ。政情の不安なザナンを軍部の主流派が立て直している今、かつての研究者たちが再び暴走を始めているのかもしれない。
もっとも、この冒険者たちに付き合うと決めたのは義憤に駆られたわけでもなく。

「そういえば、あんたらが探しているのは人間に変身する薬だっけ?」
「ええ、突然変異のポーションよりも優れた? 生き物を人間の姿に変える技術。味方とはいえ化物と一緒に寝食を共にする兵士はいないだろうって、研究が進められていたみたいね。どちらかというと、間諜や暗殺に使われそうだけど」
女の答えに「ふうん」と返す妖精は、もう一つ別の、寒村で暮らす母娘の姿を思い出していた。
エーテル病に冒された未亡人の顔は醜く腫れ上がり、寝室に篭りきりになってからは一人娘が生活を支えている。
もしかしたら、良かれと思って渡した薬が、一時の善意が、今も二人を苦しめているのかもしれないと思うと。
時おり、眠れぬ夜が訪れる。
「まぁ‥‥見つかるといいな、お宝」
ランタンの灯りが闇に呑まれ、廃墟は再び静寂に包まれた。

-了-

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