Translate

2017/12/01

Elona冬のSS -2017-

冬を告げるメイルーンの風乙女が、今年もパルミアにやってきた。数日もすれば、白雪の便りはノースティリス西端のポート・カプールまで届くだろう。
一時期、彼女らの頭上を飛び越えて青い燐光が季節の変わり目を告げてきた。
昔話に聞くエーテルの輝きは、最初こそネフィアの新たな恵みだとか世界を統べる力などと主に貴族連中が持て囃していたが、それも派手好きな御婦人が奇病で逝去されるまでの話。
程なくして、青燐が観測される期間は国中に外出禁止令が達せられた。政治から退いてなお民に慕われる国王直々の御触れとなれば、辺境の村々ですらそれに従った。


BAR『オンザロック』の店内で、親父は椅子とテーブルを片付けていた。
窓越しに闘技場の歓声が聞こえてくる辺り、今夜の挑戦者は随分と苦戦しているらしい。いや、健闘していると言うべきか。
東のカルーンに広がるヴィンデールの森が焼き払われてから、エーテルの風は鳴りを潜めている。が、今までの習慣から町の住民はそのまま家路につく様になった。
現れたのも突然なら消え去るのも突然。ならば、また疫病をもたらす風が吹かぬとも限らない。そう恐れて。
「売上が落ちない程度に楽できるのが一番なんだがな」
宿屋も兼ねる店内を見渡し、親父は軽く溜め息をついた。
開放感のある吹き抜けの天井も、今はどこか寂しげに見える。かつて人並み外れた巨漢の戦士も受け入れられると評判になり、そこから口コミで一攫千金を夢見る冒険者たちが利用する様になった。
最初こそ驚いたが、おかげで多くの愉快な連中と出会えたし、世界の広さを存分に味わう事が出来た。数え切れぬほど店の壁も壊されたが。
「これでも牢獄並みに硬い石材を取り寄せたんだぜ? 窓は鋼鉄製の格子窓。こっちも何度か買い足したな」
一度、厳重に取り付けた窓を盗み出す手口を目の前で見せてもらったが、狐面を斜に被った男は何気ない世間話を交えているうちに両手を軽く上にあげるだけだった。窓は裏口のまで全て消えていた。
それから方針を変えた。冒険者を少し優遇して、常に誰かしら宿に逗留している形にした。
何か事件が起きても、機嫌を損ねた冒険者がガードより勤勉に解決してくれる寸法で、頭痛の種は減ったと思う。
客の中には明らかに人間じゃない者も紛れていたが、不思議と衆目を集めずに店の入口をくぐって来た。これも一度その秘密を尋ねてみたが、企業秘密だとはぐらかされた。
「色んな奴がいたなぁ。どうやって町の門を通ったのか、ガードたちに聞くわけにもいかないし」

その冒険者も、少しずつ数が減ってきている。
ノースティリスでは今なおネフィアの地殻変動は続き、古代の、あるいは遠い未来の遺跡が今日もどこかで冒険者を待っているのに、だ。
ザナンの狂皇に扇動され、ヴィンデールに火を放った各国のいがみ合い。イェルスとエウダーナの新たな戦争。希望と謳われたロスリアの虚飾と内紛。サウスティリスで頻発する紛争。
パルミアも他人事ではない。
国王が暗殺された後、王妃は気丈に振る舞い国民を鼓舞し続けてきたが、近頃は王宮に篭りがちで姿を見ない。
街道を荒らす野盗や魔物たちの対応に兵士の遠征も増え、市内の治安が疎かになっている。
「スラムで怪しげな教団が信者を増やしている話もあったな。〈過夏の扉〉団だったか?」
我々は永遠の夏を繰り返している。そんな喚き声を何度か耳にした。
難しい事はよく分からない。アクリテオラの変人やルミエストの魔術士たちなら気の利いた答えも出してくるのだろうが。
カウンターに戻った親父は軽く目を閉じた。
「あいつら、元気にしてるかなぁ」
ここで酒を飲んでいた顔を思い出す。酔い過ぎて殴り合いを始めた事も無数にある。
かと思えば、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した日もあった。逃げそびれた一人がシェルターを出せと叫ぶから、一緒に地下へ隠れた直後に爆発音でホコリまみれになった。
ろくでもない事の方が多い気もするが、今となっては笑い話だ。遠い空の下でも生きていてくれれば、それでいい。
「さらば過ぎ去りし日々よ。また逢おう」
再び目を開けた親父は、いつになく気取った調子で店内の灯りを消して回る。
そして、手元のランタンを掲げながらカウンターの奥へと消えた。

-了-

0 件のコメント:

コメントを投稿