【至急】★★★★★+
依頼:冒険者ギルド(ルミエスト支部)
場所:ルミエスト大橋
報酬:10,000gp+補給品
内容:ルミエスト周辺を徘徊する怪物の駆除
ポート・カプールを発った冒険者のナゴチスは、折から降り出した雨に動じるそぶりも見せず、一路ヴェルニースを目指す。ただし、街道から少し北に外れて。
やがて平原が雷雨に包まれる頃、彼は山沿いを這うように東へ進んでいた。雪が降る中を。
「依頼の品、確かに受け取ったよ。これが報酬」
「今後ともご贔屓にお願いしますぜ」
「もちろん。いつでも期限を守って届けてくれるんだ、次も頼むよ」
ナゴチスは雷雨の最中でも荷物の配達を請け負う、稀で重宝する運び屋だ。とは言っても、オーロラリングなんて高価な物を手に入れる金も幸運も持ち合わせてはいない。
その代わり、彼には少しばかりの発見と知恵があった。
「これは‥‥王都パルミアまで、配達品は軽い、期限は6日‥‥よし、決めた」
「ナゴチス、今から向かうのか? 正気かよ」
「正気だよ。払いも良いんだ、出し抜かれる前に受けるに決まってるだろ」
そして、いつものように雷雨の中へ飛び出してゆく。
パルミア中央街道へ繋がる道を南下せず、そのまま東へ慎重に歩を進める。正確には、北東へ向かうよう山沿いを歩いて行く。
やがて、雨は雪に変わった。
「これだよ、これ。へへ」
パルミアは寒冷な土地が広がっており、北部では雨の代わりに雪が降る。寒さへの備えは必要だが、雷雨と違って視界は塞がれないし、余計な足止めも食わない。
問題は街道から外れるため通常よりも日数は掛かってしまう点だが、それも平時と比べての事。悪天候とは比較にならない速さが得られるのだ。
もっとも、雪原では積もった雪に足を取られるためこの技は使えない。東の果てのノイエルは最初に配達リストから弾いた。
また、雪の降らない南部にあるヨウィンやルミエストも基本的には弾く。ダルフィはそもそも縁がない。そうやって、確実に金銭と名声を稼いでいく。ナゴチスは堅実な男だった。
秋の終わり、港町で直々の依頼が舞い込んできた。
「頼むよ、急ぎの仕事でね。報酬は上乗せすると、先方も了承済みなんだ」
「期限は‥‥ギリギリだな。風の女神が上機嫌で居続けられるかどうかって所か」
ポート・カプール~ルミエスト間の移送は天候の変化と無縁ではいられない。今が晴れていても、雨は必ず降る。
それでもナゴチスは依頼を受ける事にした。破格の報酬が提示されていたのに加えて、この仕事を成功させれば貴族の信頼も得られるとあれば、今後の生活も楽になるだろう。
決めたからには行動は急ぐ。潮風を払うように男は町を飛び出していった。
天候の読みは当たった。むしろ女神は珍しく上機嫌で、王都を越える辺りまで晴れが続いた程だ。
「くそ、こんな筈じゃ‥‥」
ナゴチスは右も左も分からぬまま、土砂降りの中を駆け抜ける。焼け爛れた左腕がジクジクと痛むが立ち止まる訳にもいかない。
「間抜けに死を!」「欲張りはイケナイなぁ?」「そっちは墓場だぜ!」
追いすがる野盗の声から逃れようと、とにかく走る。
「これだから‥‥ルミエストは嫌いなんだ!」
ルミエストは湖の中島に建つ大きな町で、陸路は対岸と繋がる橋が一つだけ。巡回の衛視がいるとはいえ、交易商人は必ずこの場所を通る。
そして雨は対面から近づく相手の素性を隠すのにも都合が良い。となれば、どうしたって野盗の狩場にもなる。
「‥‥撒いたかな。ここはどこだ?」
風雨に視界を遮られているが、見える範囲に森や山は見当たらないようだ。ナゴチスは記憶を頼りに、該当する地域を洗い出していく。
「あいつら、墓場がどうのと言ってたな。て事は、雪原の南か?」
ルミエストの東には、街道を挟んで大きな共同墓地がある。そこを通り過ぎたのだとすれば、現在地はだいたい把握できた。
「まずい‥‥今から北へ迂回すると、期限まで間に合わないぞ」
だからといって、このまま雷雨が続けば西へ直進したとしても到底間に合わない。ナゴチスは背中が冷えていくのを感じた。
「‥‥雪に変わってくれれば」
そう、天候さえ変わってしまえば間に合うのだ。
「雪が! 降ってくれよぉ!」
少し北に向かえば雪原が見えてくるほど寒冷な土地なのだ。
「頼むよぉ‥‥」
風は気まぐれだが、賽の目はまだ宙に放られたままだ。
「‥‥あ」
肩に叩きつける雨の衝撃が消えた。
水滴は綿のようにはらはらと天を漂い、ほのかな光を伴って大地に染み込んでゆく。
「エーテルの風が‥‥」
世界を青く染める幻想の風、遠く遠くヴィンデールの森から届く滅びの風。
その美しさと恐ろしさに、人々は固く門戸を閉じて過ぎ去るのを待ち続けてきた日々。
「はは‥‥間に合う。間に合うぞ!」
今のナゴチスにとって重要なのは、足止めを食らう雷雨が去った。という事だ。
エーテルに晒され続ければ、遠からず死に至るとしても。
駆け出すナゴチスの足は、旅の疲れが嘘のように軽く感じた。
「急げば間に合う。急いで配達を済ませて、宿に駆け込む‥‥」
青く光る追い風を背に、男は西へ走り続けた。
-了-
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