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2019/12/01

Elona冬のSS -2019-

 大きくうねる船窓の向こうで、青い燐光が吹き荒れていた。
「ようし客人は皆、船内にいるな。いつもながら参っちゃうよ」
 船長は、ぼやきながらも水夫たちに各所の隙間を埋めて回るよう指示を出す。熟練の案内人が、空の色からエーテル風の到来を予測したのが二日前。帆を畳み、錨を下ろし、毒の大気に触れないよう扉という扉を閉ざしていく。
「来ることさえ分かっていれば、普通の嵐とそう変わらんでさあ」
 数日の立ち往生など船旅では珍しくもない。結局の所、人間は過酷な自然環境に適応しながら生き続けていた。


「しかし、二大国の戦が終わる気配は遠いな」
「古き魔術を新参の技術が食らい尽くすかと思ったが、なかなかどうして」
 暇を持て余した商人や旅人が寄港した土地を思い返していた。
「ザナンは、どうだ」「あそこも割れるだろう」「ほう」
 思い思いの雑談、その合間に干し肉と酢漬けの野菜をかじる。
「理想の高みに目がくらんで足元がおぼつかん。いずれ倒れるさ」
「ならば、もうしばらくは武器と奴隷が売れるな」
「この忌々しい悪風さえ卸せればな、航路は更に拡がるというのに」
 エーテルの奔流は肉体を変容させると同時に、その足取りを軽くする。おかげで命からがら町に逃げ込む者も少なくなかった。
「あんたはカルディアの出か。そちらの情勢はどうなっている」
「一時期の大航海熱は冷めたが、大きな患いは聞かないな」
「羨ましい、しばらくは向こうを拠点に商うか」
「いっそ、エウダーナの更に南を目指すのはどうだ」
「マーニスファーラを沿岸沿いに南下する航路か」
「人の住む土地があるとは聞く。交易も盛んになれば懐も潤うぞ」
「風が止んだぞ! 嵐を抜けた!」
 航海士の叫びに退屈だった顔が喜色を浮かべた。
「今月は随分と早いな。ツイてるぞ」
 錨を上げろ、目に見える所も見えない所も洗い流せと船長が檄を飛ばす。

 右手の先に海岸線を眺めながら、船はゆっくりと北上する。
「港に入る前にエーテルを海に落とせ。それまで積荷にも触れるな」
 実際は町ですらエーテルの風が止む度に除染しているわけではない。効果の程は分からぬが、それでも自分たちの身を守るためのまじないだ。水夫の中には口元をマスクで覆ってモップ掛けに勤しむ者もいる。
「‥‥うわっ!?」
 作業中の一人が驚き、手を振り払う。白いものが辺りを舞っていた。
「なんだ雪じゃねえか。焦ったぜ」
「初雪か。陸の酒が恋しいな」「もう少しの辛抱さ」
 水平線の先、初めに見えたのは曇天の下に佇む巨大な黄金色の四角錐。古の狂王が建てたと言われるピラミッドが告げる、船旅の終わり。
 手前の岬を通り過ぎれば、湾に拡がる白壁の家々と海鳥たちの声。
 ただいま、ノースティリス。

-了-

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