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2014/09/01

秋のEloSS -2014-

 Caim_Kzkrのお題は「黄色の風」です。できれば作中で「石」を使い、ザナンの紅の英雄『ロイター』を登場させましょう。 #EloSSfes
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(ε:)
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 ザナンの首都ラインスヘイルの北に広がる山々から吹く風が、黄色く染まったポプラの間を抜け、石畳を歩く男の赤毛と、女の白金髪を揺らした。二人は一軒の家の戸口に立ち、ドアをノックする。
「ヴェセル、俺だ」
 少しして錠前の開く音が鳴り、開いたドアの向こうに薄青の髪をした少女が現れた。
「ロイターさん、それにザレッタさんも! 兄さんは今、出かけていて家に居ないのですけれど、何か予定でもありましたか?」
「お久しぶりね、エリシェちゃん。ヴェセルの昇進祝いと引越祝いに驚かせようと思ったのだけど、間が悪かったかしら」
 ザレッタと呼ばれた女は右手の籠を軽く持ち上げてみせると、エリシェの顔が驚きに包まれた。
「そんな、ありがとうございます。しばらくすれば兄さんも戻ってくると思うので、二人ともどうぞ中でくつろいでいって下さい。今、お茶を淹れますね」

 秋晴れの陽光が差し込む居間で、三人はテーブルを囲んで談笑していた。
「しかし、良いのですか? 私、ワインには疎いのですが、ヴェーリッシア産は大層な評判だと聞いております」
 エリシェの目は籠の中から取り出された酒瓶に向けられていた。丘の民による精緻な細工が施された深緑のガラス瓶だけでも、庶民には中々手が届かないものだと知れる。
「ヴェセルは酒の味が分からん奴だからな。エリシェの口に合いそうなものを選ばせてもらった」
「ふふ、銘柄を選んでいる時のロイターの顔ったら、親の仇でも取るような凄い形相で。エリシェちゃんにも見せたかったわ」
 ころころと笑うザレッタから顔を背け、ロイターは鼻を鳴らす。
「それにしても掃除がしっかりと行き届いているじゃないか。ヴェセルと二人で住むには少々広すぎる風にも見えたが」
 大したものだと微笑むロイターに、エリシェは照れくさいような少し困ったような表情を浮かべた。
「本当は、以前に住んでいた部屋くらいが丁度いいのですけどね。ここは何だか身の丈に合っていないような気がして、落ち着きません」

 一年前に勃発した、イエル王国のザナン侵攻。名目は傲慢で無慈悲なエウダーナ帝国による支配からの解放を掲げていたが、実際は先のイエル・エウダーナ戦争に勝利したついでに、属国の領土をかすめ取ろうと牙を剥いたのだ。
 それを、二人の若者が喰い止めた。
 楽に勝てると高をくくっていたイエル軍の出鼻をくじき、巧妙な戦術で敵軍を混乱と疲弊に追い込んだその手腕は、敗戦を積み重ねてきたザナン国民に希望の光を灯した。
 そして、イエル王国が衝撃から立ち直る前にザナンから提案された和平交渉。これによりイエルは名目通りの栄誉を国内外に示し、ザナンは名実ともに独立を果たす事となる。
 この時の戦功により、先日ヴェセルは中佐への昇進が決まり、身分に恥じぬ新たな住まいも与えられたのだった。

「救国の英雄となった二人の若き武人。ヴェセルはザナンの白き鷹と謳われ、ロイターはザナンの紅の英雄と呼ばれるようになったのよねぇ。今度サイン貰おうかしら」
 ザレッタはいたずらっぽく笑うと、手元のティーカップを口元に運んだ。
「確かに俺とヴェセルは獅子奮迅と言ってよい働きをしたと、自分でも思っているがな。だが、それも士気に溢れた部下たちに恵まれていたからだ。ヴェセルがイェルス共のやり口を知っていたのも幸いした。俺たちはとにかく、運が良かったよ」
 それでも。と、ロイターは話を続ける。
「今のザナンには英雄が必要なんだ。戦乱に怯える国民の、大国に立ち向かう兵士たちの、心の拠り所となる偶像が。もっとも‥‥『ザナンの白き鷹』なんて、あまりに格好が良すぎて俺だったら恥ずかしくて死んじまいそうだよ」
 笑いを噛み殺すロイターの足元に、ひらりとポプラの葉が舞い落ちてきた。
 いつからそこに居たのか。音もなく開かれた窓際で、家の主が意味深な笑顔を浮かべていた。
「それを言ったらロイター、お前の異名だって最初は『ザナンの紅血』にしようかって話を、散々嫌がって変えさせたんだよな」
 窓際で頬杖をつくヴェセルに、エリシェとザレッタも気づく。
「兄さん、おかえりなさい!」「あら、ヴェセル。お邪魔してるわ」
 二人に軽く目配せをすると、ヴェセルは再び口を開いた。
「敵の返り血と自ら流した血で染まる真紅の英雄‥‥そこには」
「おい、その話はよせ」
 慌てて立ち上がるロイター。
「自分の――おっと!」
 スッと頭を下げたヴェセルの耳元を、石つぶてが通り過ぎていった。相変わらず、いつ投げたのか見極められない早業だった。
「危ないな。怪我したらどうする」
 見えないものを見切るこの男も、英雄の一人だった。
「手加減はした。だがそれ以上話すなら、貴様の口を引き裂いてやるぞ!」
 悪鬼の形相で近づいてくるロイターに、躊躇う事なくヴェセルは逃げ出した。
「待て、待たんか貴様!」
 ロイターも窓から飛び出し、白き鷹を追いかけていく。後に残された二人は、庭先から聞こえてくる怒声にのんびりと耳を傾けていた。
「まったく、子供っぽいんだから‥‥ごめんねエリシェちゃん、騒がしくしちゃって」
 エリシェはクスクスと笑い、愛おしむように窓の向こうを眺めた。
「いいんです。兄さんのあんな楽しそうな顔、久しぶりに見た気がします。ああ、やっと平和になったんだな。って」
 ザレッタも彼女の見る景色に目を向ける。
 ラインスヘイルを黄色の風がゆっくりと吹き抜けていくのを見て、ふと気づいた。

 この国にも、季節に気を配るゆとりが戻ってきたのだと。

-了-

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