(:3)刀乙のお題は「男らしい娼婦」です!できれば作中に『暗号』を使い、《元素のイツパロトル》を登場させましょう。 #EloSSfes
「だからさぁ、あたしは言ってやったのよ。『舐めんじゃねえ、いい夢見た分はキッチリ払いやがれ!』ってさ」
衛兵詰所の一室で、二十歳そこらの娘が屈強な男たちに向かってまくし立てていた。
「そうかそうか。悪いのは契約を反故にした相手で、自分は決して物盗りなんかじゃない。そう言いたいんだな?」
傷害沙汰で観光客が大騒ぎしているとの事で、休憩時間を潰された男たちは少々不機嫌だった。
「でもなぁ、俺たちはお前さんが本物かどうか、まだ決めかねているんだよ。本当にそれで生計を立てているのなら、ちょいと腕前を見せてほしいもんだね」
そう言って、目の前の衛兵が安物の椅子に座ったままベルトを緩める。
「‥‥足元見やがって」
娘は渋々と男の腰に顔をうずめた。
詰所から解放されたのは、日も沈んで街灯の明かりが歓楽街を彩り始めた頃だった。
「ったく、あの粗チンども。普段は取り調べなんか面倒臭がって現場で処理するくせによう」
顎を擦りさすり、時折り路上に痰を吐きながら、娘は空いた手で金貨の入った小袋を弄ぶ。
最初の男を咥えてる最中に残りの男たちが後ろを使い始め、二人ほど太ももを汚した所で警備隊長の厳つい男が部屋に荒々しく乗り込んできた。
警備隊長はイチモツをぶら下げた男たちを次々と殴り飛ばしていくと、娘に「とっとと出て行け」と言わんばかりに扉の向こうへ顎をしゃくったが、ここで仕事を持ちかけたのはアンタの部下で、まだ報酬を受け取っていないと食い下がったら、懐から取り出した革袋を投げ渡した。
「結構重いね‥‥拾い物かもしれないけどさ」
噴水広場にたどり着くと、耳触りの良い旋律が流れてきた。今度の吟遊詩人は結構、いや、かなり出来る方だ。娘は弦の調べに誘われるまま、足を運んだ。
王都が誇る噴水広場では、既に多くの聴衆がリュートの弾き手に喝采を送っていた。季節は元素神の顔が氷から炎に移ろい始め、夜道を歩く人の数も増えて来ている。
雪解けにはまだ早い。しかし、大地の下では春の訪れに備えて草木が、命が胸を震わせている。
詩人は流転する神の言葉を代弁していた。
娘は手元の革袋に目を落とした。今日の稼ぎはこれ以外に無く、さりとて今、自らの所持金で男の歌声に報いるには、少々物足りない。
ため息を軽く一つ吐いて、娘は詩人の足元に革袋を投げ込んだ。
「皆さん、ありがとう。どうもありがとう。やや、どうもお捻りを貰いすぎている様な気もするので、今宵は最後にもう一曲だけ。家路を急ぐ子猫の歌を」
それはありふれた童歌の一つで、聴衆は詩人の歌声を背に一人また一人、自宅や酒場へと散っていく。
娘も宿に戻ろうと踵を返した時、男は歌詞を間違えた。
これ程の歌い手が珍しい。と、娘が振り返れば、男は気にする風でもなく歌い続けている。
また、男は歌詞を間違えた。
と言っても聴衆のほとんどは既にその場を去っており、残りの客も帰り支度を始めている。
娘は噴水から少し離れた場所にある長椅子まで移動すると、詩人に背を向けて歌が終わるのを待った。
「いやあ、収穫収穫。特に大入りの革袋を寄越したのは、貴女ですね?」
お捻りを集め終えた吟遊詩人はそう言うと、娘の隣に腰掛けた。
「気にしなくていいよ、どうせ拾い物だったしね。あぶく銭なら歌に流してしまうのが一番さ」
娘は前を向いたまま、男と顔を合わせようともしない。
「それでも少しばかり貰いすぎな気もしますが、どうでしょう? 私が貴女を買う、というのは」
「一晩?」
「仕事は予定として数週間。それとは別に、個人的に一晩」
詩人は娘が所属している組織の符丁を歌に潜ませていた。何も知らない者であれば気にならない程度の些細な歌詞忘れ。
娘はそこで静かに振り向き、こちらを見つめる男の両目をジッと見据えた。
「‥‥高いよ?」
薄く笑う娘の瞳が、妖しく濡れていた。
-了-
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