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2025/12/01

Elona冬のSS -2025-

 〈灼熱の塔〉は主を失くした今もなお、脈々と熱を帯びて地域を温め続けていた。
ノースティリスも北方は常に雪原が広がる過酷な土地だが、この塔が立つ地域は南北に草原が伸びて凍土を分割している。
「初めてここを訪れた時は、塔が雪を溶かしているものだと思っていたんだけどなぁ」
男は塔の床を利用して湯を沸かし、何かの煎り豆をのんびりと挽きながら昼の太陽が照らす山々を眺めた。白く彩るも所々は地肌が見えるそれは、さすがに塔が原因とは考え難い。
「そもそもが。塔は新しく建てられたものだ。この草原はそれより古い」
男は歴史に思いを巡らし、こめかみを軽く叩く。
塔の熱に依らず、この地域は昔から凍結を免れてきた。何か、地底のマグマでも表出しているのだとしたら、もっと人の立ち入れられない環境となっているだろう。
「だが、そうではない。もっと大きな力の介入か? 神とか」
男は盃に濾過器のような器具を据え、粗めの紙を被せた上から沸いた湯を注ぐ。汚れと匂いを押し流し、盃を温めた後に湯を捨てると、挽いた粉を器具に入れた。
「確かに、草原を東へ行けば〈神々の休戦地〉がある。大神たちであれば、調和の約定として一帯を緑が絶えぬ大地と決めるくらいの力はあるだろう」
改めて盃に湯を注ぐと、深々と黒い液体からえもいわれぬ香りが立ち上り、男は静かに目を閉じた。
「では、かの神々は、そういう事をするだろうか?」
調和と言えば聞こえはいいが、環境の変化を留めるのは歪みが生じる。彼らが仕組んだと判断するには情報が足りず、何かが引っかかった。
灰色の空から絶えず雪が舞い降りては露へと変わり、草花を濡らす。東も西も、地平の果てはひどく吹雪いているだろう。
ごろごろ火トカゲ亭の酔客は山脈のさらに北にも大地が広がっているとホラを吹いていたが、もし本当なら、極北に近いそこはどんな風景が広がっているのか。
或いは、世界の果てから温もりの秘密は始まったのか。
「ま、山頂から奈落の海を見下ろす可能性もあるが、自分の目で確かめに行くしかねえ」
男は淹れたての珈琲を一口すすり、明日からの旅に思いを馳せた。

-了-

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