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2025/06/01

Elona夏のSS -2025-

 (:3)刀乙の小説が読みたい!
「ふわふわした雪」が登場する、できれば『教会』と『虚空を這いずる者』(ヴェセル)も出てくる小説を書いて欲しい!
#EloSSfes #shindanmaker
https://shindanmaker.com/354401


幾度目かの冬きたる草原を、男がとぼとぼと歩いてゆく。長剣一本を佩いた身なりは薄汚れ、ボロ布同然のマントにはせめてもの飾りとばかりに雪が降り積もるまま。
ヴェセル・ランフォード ――『虚空を這いずる者』―― は、その名の通りゆく当てもなく、大地を踏みしめる感触もおぼつかず、ふわふわとした雪と同化していた。
生きるのが億劫とは、自ら命を断つ事すら面倒なのだと、そんな考えすら煩わしい。知ったふうな坊主は運命だ何だと舌を回していたが。
何か目的があるわけでもなく、ただこのまま雪に埋もれて夜を明かすのも面倒だから、屋根を探す。
そうして、地平の先に崩れた教会が見えた。

人が絶えて久しいその教会は床板まで草木が突き破るほどに寂れていたが、所々に残る屋根は今すぐ崩れる心配は無さそうだった。
それで十分だと、適当な場所に腰を下ろしたヴェセルは懐から旅糧を取り出し、ちびちびと摘む。
手元の保存食は残り少ない。これが無くなったら? どうでもいい。野盗の群れに出会うならそれもよし、ここで行き倒れるならそれまで。
緩慢な食事を終えて、男は軽く目を伏せた。

――ヴェセル。
ふと、己を呼ぶ声を聞いた。体は、いつの間にか眠っている。
「エリシェ‥‥」
その名を何度、今まで呟いただろう。家族の、ザナンの思い出を。
――ヴェセル。
耳元で響く声は、擦り切れた体によく馴染んだ。種族は違えど苦楽を共に生きた日々は、本当の兄妹のようで。
「エリシェ‥‥」
顔を上げれば、エレアの娘が微笑んでいた。あの日に見た姿のまま。
――ヴェセル。
ようやく、ようやく自分にも終わりの日が来たのか。かつてのヴェセル・ランフォードなら安堵しただろう。
「‥‥お前は、自らの命も顧みず、お前を蔑み苛んできた者たちの苦境に救いの手を差し伸べた‥‥二度も」
――ヴェセル。と、もう一人のエレアが呟いた。業火に焼かれるヴィンデールへ駆け出す背中を、ただ見送った。
「エリシェ‥‥お前がいる場所は、どこまでも高く、俺には眩しすぎる。だから‥‥」
冷めきった廃墟に、鍛え上げられた鋼鉄が擦れあう凛とした音色がかすかに響く。
「降りてくるな」

翌朝、ヴェセルは教会を発ち、雪原の果てへ消えていった。
野営の跡には干からびた芋虫が二つに斬られて落ちていたが、それもどこからともなく現れた獣に食われ、消えた。

-了-

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